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会報
第44号
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読書教養講座 公開授業

京極夏彦氏の講演会「抽象力」を開催
日本文学科准教授 大屋多詠子

二〇〇九年十月十日(土)、二十一世紀活字文化プロジェクトによる「読書教養講座」の公開授業(主催:活字文化推進会議、青山学院大学、主管:読売新聞社)が、本学ガウチャーメモリアルホールにて開催され、学生や市民約七百人が参加しました。
二〇〇九年は江戸時代の怪異小説『雨月物語』で有名な上田秋成の没後二百年に当たります。本講演会は、この機会に「日本文学特講」の授業に、江戸の怪異にまつわる小説をお書きになっている作家京極夏彦氏をお招きし、一般の方々にも開放したものです。
講師を務めた京極氏は、一九九四年『姑獲鳥の夏』でデビュー、『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、『覗き小平次』で山本周五郎賞、二〇〇四年には『後巷説百物語』で直木賞を受賞、以後、現在に至るまで百鬼夜行シリーズや百物語シリーズなどで多くのファンを魅了しています。
京極氏は「抽象力」と題してご講演下さいました。氏のおっしゃる「抽象」とは、モノコトや概念の、特定な性質を抽き出して理解するということで、逆に言えば、「捨象」であり、不要な性質を捨て去って理解することです。氏は、日本人が概念を抽象化・象徴化し、実態を持たせて遊ぶという知的遊戯性を強く持っていたと述べています。
こうした知的遊戯性として、氏は「何々揃え」「何々尽くし」「見立て」を挙げています。氏はこれについて具体的には言及なさいませんでしたが、例を考えれば、これらは江戸時代の浮世絵に顕著です。例えば「何々ぞろえ」としては、有名な葛飾北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の「東海道五十三次」は、それぞれ富士山、東海道の宿駅に着目して、景色を画に抜き出したものですし、喜多川歌麿の女性の上半身を描いた美人揃えの大首絵などもあります。また「見立て」というのは、一見何の接点もないように思われるモノとモノの間に共通点を見いだすことです。鈴木春信の「座舗八景」という八枚の浮世絵は「近江八景」の見立てとなっていますが、その内の「堅田の落雁」を見立てた一枚は、座敷で女性が二人、琴の練習をしている絵です。「堅田の落雁」というのは堅田という琵琶湖の浮御堂のあるところで、湖上に雁が列をなして降りてくる様が美しいことから名所に数えられていますが、この浮世絵は「琴路の落雁」、つまり琴路が一本一本の弦を支えて斜めに連なっている様が、雁が列をなして舞い降りてくる様に見えるという絵です。一見見過ごしてしまう共通点をすくい上げる「見立て」に見られる知的遊戯性が、氏のおっしゃる「抽象力」なのです。
こうした知的遊戯性は、江戸時代の「化け物」からも見出せると氏は述べています。今でいう漫画に近い江戸時代の黄表紙では、多様な化け物が創造されていますが、氏はそういう文学における化け物を想定し、これらの化け物が実在して、実際に恐怖をもたらすと考えている人は一人もいなかったであろうと推測されました。江戸時代の人々は、科学では解明できない「不思議だ、怖い」ということが起きたとき、その不安を化け物や幽霊として実体化し、それらのせいにすることで不安を解消する術を知っていた、というわけです。非日常を日常の中に「取り込んで」生活する作法こそが、江戸時代に培われた「抽象力」である、とお話になりました。ネガティブな人は怪談を読み、自分の方が恵まれていると自身を慰め、ポジティブな人は妖怪で遊んで楽しむことが、日常生活を健全に送るための智恵であると締めくくられました。
また対談では、以前ご自身が曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の構成方法を意識していると発言なさっていることもあり(『対談集 妖怪大談義』角川文庫)、江戸読本の小説方法と絡め、京極氏がごく短時間に作品の構想を練りあげること、馬琴は挿絵についても細かな指示を出していますが、これは書籍を商品と考えていたためであり、京極氏も同様の意識が強いことなど、作品執筆にまつわるお話を伺いました。対談では、お伺いしたいことの半分も伺えないままに時間切れとなってしまったことは残念でしたが、盛況のうちに終わったことは喜ばしいことでした。


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