• 高校生のみなさんへ トップへ
  • キャンパス紹介
  • キャンパスライフ(学生の一日)
  • 研究余滴
  • 読書ガイド

研究余滴

ミニ授業です。

昔の数詞を探る
安田尚道(日本語学)

  私は日本語の数詞の歴史を研究しているが、最初にクイズを出しておこう。「一人・二人をヒトリ・フタリと言いますが三人・四人・五人を昔はどう言ったでしょう?」  さて、日本語では、数える対象によって数え方が異なる。物体はヒトツ・フタツ(漢語ならイッコ・ニコ)、人数はヒトリ・フタリ、日数はフツカ・ミッカ、平らなものはイチマイ・ニマイ、細長いものはイッポン・ニホン、動物はイッピキ・ニヒキ、という具合に。

  漢語数詞の場合は、イチ・ニ・サンにそれぞれの助数詞(個・枚・本・匹)を付ければよいが、和語数詞は簡単ではない。

  ヒト-ムネ(一棟)・フタ-ムネ(二棟)はヒト-ツ・フタ-ツのツを除いたものにムネが付いた、と説明されるが、フツカ(二日)・ムイカ(六日)・ナノカ(七日)とフタ-ツ・ム-ツ・ナナ-ツの関係を説明するのは難しい。この問題を考えるには、方言や古典の用例を参照する必要がある。六日は四国方言でムユカ、七日は関西方言でナヌカと言うが、実はこれらが古い形なのである。そしてココノカは古くはココヌカであった。

  古い形なのかどうかは、古典の用例を探し出すことによって確定できる。たとえばナヌカは『万葉集』に「奈奴可」とあり、平安時代にも多数の仮名書き例がある。ムユカやココヌカ(九日)は平安時代に仮名書き例があるが、この時代にはムイカ・ココノカの例は見えない。

  一方ナノカ(七日)という形は、古典における用例が見つからず、『日本国語大辞典』(小学館)という全二〇巻の大きな辞書にも用例が載っていなかったのであるが、その後、江戸時代の『南総里見八犬伝』に例があることを私が見つけて、『日本国語大辞典 第二版』には載せておいた。

  数詞は漢字で書かれることが多いので、確実な用例を見つけ出すのはかなり手間のいる仕事であるが、その結果わかった日数の古い言い方は、フツカ・ミカ・ヨウカ・イツカ・ムユカ・ナヌカ・ヤウカ・ココヌカ・トヲカ・ハツカであった。仮名で書いてしまうと見えて来ないのだが、これをローマ字で hutuka, mika, youka, ituka, muyuka, nanuka, yauka, kokonuka, towoka, hatuka と書くと、多くは uka という形で終わっていることがわかる。

  従来は、日数を表わす語は、フタ・ミ・ヨ・イツ・ム・ナナ・ヤ・ココノ等にカが付いた、と説明されてきたのであるが、これでは、フタカ・ヨカ・ムカ・ナナカ・ヤカ・ハタカが実在しなかったことが説明できない。むしろ、カが付いたのではなく、-uka が付いたのだ、と考えたほうが良いと私は考える。huta-uka, nana-uka, kokono-uka, hata-uka の u の前の母音が脱落した、と見るのである。わたしの「-uka 説」でも十分説明出来ない点が残るが、従来の「カ説」よりは良いと思っている。

  人数は、純粋の和語数詞で言うのは現代語ではヒトリとフタリだけであるが、古くは三人・四人・五人・六人等も和語数詞で表現したはずである。しかし、なかなか用例が見つからない。それでも三人はミタリ、四人はヨタリと言った例がわずかながら見つかる。

  最初のクイズに「三人はミタリ、四人はヨタリ、五人はイツタリ」と答えた人もあると思う。ミタリ・ヨタリは正解だがイツタリは外れ(テレビのクイズ番組では「不正解」と言うらしいが)である。  五人・六人となると、仮名文学作品でも漢字で書いた例ばかりで仮名書き例は出て来ないのであるが、平安時代の漢和辞書や漢文の訓読文に「五人 イトリ」とある。この形はヒトリ・フタリ・ミタリ・ヨタリからは推測のつかない形で、その故にこそ実在した形(学者や作家・文人が机上で作り上げたのではないもの)だと私は考える。

  では六人以上はどう言ったのかというと、五人までとは全く異なる言い方をしたらしい。参考になるのが沖縄県の宮古方言で、ここでは一人から四人までは「-トリ」「-タリ」型の言い方だが、五人・六人・七人…はイツノヒト・ムユノヒト・ナナノヒト…と言うのである。これからすると、本土方言(奈良・京都の言葉)では、五人までは「-トリ」「-タリ」型、六人以上はムユノヒト・ナナノヒト…と言ったかと思われるが、現時点ではまだ証拠不十分なのである。