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読書ガイド

おすすめの書籍を紹介します。

菊池寛『半自叙伝/無名作家の日記』
片山 宏行(近代文学)

菊池寛『半自叙伝/無名作家の日記』

菊池寛という作家をご存知ですか?

芥川賞や直木賞は知っていますね。現在、約600もあるといわれている文学賞の最高峰といってもいいかもしれません。これを創設したのが菊池寛です。芥川龍之介は彼の親友でした。『新思潮』という同人雑誌でいっしょに文学活動を始めましたが、文壇に出るのは芥川の方が早かった。「鼻」という短篇小説が夏目漱石に激賞されたからです。

文学青年たちにとって夏目漱石は神様のような存在でしたから、漱石先生に評価されたということはとても名誉なことだったし、プロの作家としてやっていけると太鼓判を押されたようなものです。芥川は一躍脚光を浴びて華々しい作家デビューを飾り、また存分に健筆をふるって文壇の寵児、いわばアイドルと目されるようになるんですね。

一方、菊池寛はというと、漱石からの評価も得られず、新聞記者として生活を支えながら地道に創作を続けますが鳴かず飛ばず、もう作家になる夢は捨てようと思い込むところまで追い詰められます。芥川と自分の差は明らかでしたからね。

そんな菊池に最後のチャンスが訪れます。一流雑誌『中央公論』からの原稿依頼です。ここに載せた作品で成功すれば、作家としての地位が約束されるとまで言われていました。「無名作家の日記」という短篇小説を菊池は書き送りました。が、この原稿を読んだ編集長は菊池にこう尋ねました。「芥川さんに悪くはないですか……」

この「無名作家の日記」に書かれていたのは、天才芥川龍之介の華やかな登場の陰で、文学への夢を捨ててしまおうとする無名作家菊池寛の焦燥と絶望、芥川への醜いまでにあからさまな嫉妬と呪詛でした。芥川は徹底的に冷徹で底意地の悪い嫌なやつとして描かれています。もちろん登場人物は実名ではありません。が、当時の読者なら、これは今を時めく芥川のことだとすぐ分かるように書かれています。結果、いわば時の文壇的アイドルの素性を曝露した作品として、この「無名作家の日記」はセンセーショナルな興味を呼び、批評家の注目を得ることに成功します。これを転機に菊池寛は芥川と肩を並べる<有名作家>への道を歩むことになります。

さて、この一件で芥川と菊池の友情は壊れたのでしょうか?後年、芥川賞を創設した菊池寛を思うと、決してそうではなかったと、私は思いたいのですが……。みなさんはどう思われますか。ぜひ一度お読みになってください。

*『半自叙伝/無名作家の日記』(岩波文庫) 660円