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読書ガイド

おすすめの書籍を紹介します。

河上肇『自叙伝』・中野重治『歌のわかれ』
大上 正美(漢文学)

河上肇 『自叙伝』

入学試験会場から東京駅へ直行し、帰りの“特急はと”を待つ間、日本橋の丸善を捜した春先は、その十月に新幹線が開通する年でした。ホントウの本を読まずにはいられない、やみくもな渇望から買い求めたのは河上肇『自叙伝・一』(岩波新書。現在は岩波文庫に収録)でした。何の先入観もなしにたまたま手にしたのでしたが、新しい生活をはじめるにあたって、生身の生涯に関心が向かったのでしょう。難しい時代を複雑に生きた、その内面に一貫する求道精神について語られた箇所を、当時の私はノートに抜き出しています。

「苟も自分の眼前に真理だとして現われ来ったものは、それが如何ようのものであろうとも更に躊躇することなく、いつでも直ちに之を受け入れ、そして既に之を受け入れた以上、あくまで之に食い下がり、合点のゆくまで次から次へと掘り下げながら、依然としてそれが真理であると思われている限りにおいては、敢て身命を顧慮せず、毀誉褒貶を無視し、出来うる限り謙虚な心をもって、無条件的に且つ徹底的に、どこどこまでもただ一途にそれに服従し追従していき、(中略)しかし、こうした心持で夢中になって進んでいくうちに、最初真理であると思って取組んだ相手がそうでなかったことを見極めるに至るや否や、その瞬間、一切の行き掛かりに拘泥することなく、断固として直ちに之を振り棄てる。これが私の本質である。」

<大学なるもの>の私のイメージはこのような執拗な一文とともに刻まれました。そうして次には中野重治『歌のわかれ』(『村の家・おじさんの話・歌のわかれ』講談社文芸文庫)を読み、それまでの自分とやらに染みついていた考えや感性と別れるためにも、自分とは遠かった中国古典文学との格闘を、やがては自覚して行くことになります。新しい自分に向けて古典があったというのは、必ずしも逆説ではありませんでした。

*河上肇(1879-1946) 経済学者。
*中野重治(1902-1979) 小説家・詩人