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図書紹介 翻 訳

新大陸赤道地方紀行(全3巻)

新大陸赤道地方紀行(全3巻)アレクサンダー・フォン・フンボルト著
大野 英二郎・荒木 善太 訳
( 17・18世紀大旅行記叢書第 II 期・岩波書店 2001年12月〜2003年9月刊)

アレクサンダー・フォン・フンボルトの『新大陸赤道地方紀行』が、ついに日本語で読めるようになった。ダーウィンがビーグル号に乗船したとき参考にした書物の一つなのに、この名著が翻訳される日はなかなか巡ってこなかった。しかし、その理由を想像することは難しくない。あまりにも広汎な分野にわたるフンボルトの関心と知識とに、わたしたちがとてもついていけなかったからである。

この『紀行』にあって、もっとも興味深いエピソードの一つに「電気と魚」の話がある(本書中巻172頁以下を参照)。この話が18〜19世紀に活動した博物学者の知の広がりを実感させるのは、フンボルトが無機的な放電現象と、きわめて珍しい南米のデンキウナギに関する有機的・生理的現象を、ともに同質の熱狂をもって観察しているからである。フンボルトにとって最大の関心は、電気・磁気・地震といった無機的現象が生命と自然、すなわち有機的現象にどのような影響を及ぼすかという壮大な問題だった。

フンボルトは一方で、地球を最も高くから、あるいは最も低くから眺めようとした19世紀最大の「地球見物人」でもあった。彼のすべての関心を、最終的に一点に絞り込むことになる主題は「地球観相学」の探求であり、「景観の本質」の発見である。平易に言いかえるならば、地球の眺めの成因を知ることであった。フンボルト以前、旅行者は世界を緯度と経度、海と陸とに分けて、碁盤のごとき世界観を構築していた。しかしフンボルトは、そのような幾何学的な視点に留まることなく、高低、気温、磁気、気象といった環境性、すなわち多様な自然の装飾をも加味している。その結果、フンボルトは赤道直下にあるチンボラソ山などの高山にも雪線が存在するという、多様で動的な景観を認めた。

個々の環境効果は、しばしば測定値を大きく上まわる影響を人間の心に与える。計測者に自信を失わせるほどの力で、その効果は人間の目と心に影響し、驚異や感動や恐怖の生理的反応を惹起させる。それはまさに、効果を計算して特殊な演出が行われるピクチャレスク・アートのライブ版なのである。この本にはそのような記述が満載され、飽くことがない。(荒俣 宏『図書』2004年4月号より)

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