私のゼミでは、フランス・ルネサンス期の「問題系」(プロブレマティックス)を、当時の作家のテキストから抽出し、当時の人々特有の思考法(ないしはエピステーメ)やメンタリティーを探る試みをこの数年続けています。具体的には、16世紀フランス前半の代表的な作家フランソワ・ラブレーの『第三之書・パンタグリュエル物語』を素材に授業を進めています。この作品の内容を簡潔に要約すれば、パニュルジュという道化的存在が、結婚すべきか否かを巡って、主君のパンタグリュエルの導きの下に、様々な占いを行ったり学者たちに意見を求めたりする、となりましょう。物語としての大きな山場があるわけではありません。しかし、当時の知識人たちを「虜にした」諸問題が、あちこちに「仕掛けられている」テキストであり、細かく検討すれば、興味深い論点が幾つも浮き彫りになってきます。ルネサンス人の女性観、結婚観、書物とワインとの不思議な関係、悪魔と天使の闘いの場としての魂、正当なる占いと不当なる占い、ミクロコスモスとマクロコスモス、民衆的な「広場の言語」とユマニスト的な「書斎の言語」の混在、逆しまの世界とユートピア、フランス流「大岡裁き」、法律と占星術、シーニュとしての言葉と身振り、キリスト教的狂気、等々、この一見不可解な作品から、多種多様な意味が立ち上がってくるのを目の当たりにするのは楽しいものです。もちろん、当時のフランス語を読み解くのは一朝一夕にはいきませんが、難解さと面白さが同居している作業に、懸命に没頭する殊勝な学生が毎年数人はおり、頼もしく思っております。独学ではなかなか味わえない作品なので、未知のものに挑戦したい学生なら誰でも歓迎いたします(毎年30人前後が参加しています)。 |